木製食器に挑戦したい僕の試行錯誤 vol.2 食品衛生法適合とは

前回の記事のまとめ

一時期プラスチック製に置き換わってしまった木製食器ですが、SDGsの観点から近年見直されつつあります。そこで、木工を営む自分としてもこれまでにない木製食器にチャレンジしたいと思いました。

木製食器の製法には、大きく分けて彫物タイプと指物タイプがあります。

彫物タイプは、木の塊から削り出して作る方法です。材料の消費が多い事が難点と言えます。

対して、指物タイプは、板状にした木材を接着・組み立てて作る方法です。材料の消費は少なくなりますが、接着工程があるので、使われる接着剤の安全性が問われます。

逆に言えば、この問題がクリアできれば、デザイン次第で新たな木製食器の可能性がひろがるのではないでしょうか。

ここから、今回の記事
*記事中の食品衛生法条文のコピーについては斜体で表示しています。

では、どんな接着剤を使えば安全なのか?そもそも、安全性を保証する何か、例えば法規制などはないのだろうか?

そう言う視点で色々調べていくと、「食品衛生法適合」とか「食品衛生法準拠」と言った文言を目にします。

食品衛生法とは、食品の安全性確保を目的とした法律で、食品の製造、加工、販売などに関わる様々なルールが定められているのですが、

その中の第3章で、食品に直接触れる器具や容器包装についても、材質や構造、使用上の注意などが規定されています。

この「食品に直接触れる器具や容器包装」に関する規定がクリア出来ている物が「食品衛生法適合と言うことなのでしょう。

では、その規定とは?

食品衛生法第16条
有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着して人の健康を損なうおそれがある器具若しくは容器包装又は食品若しくは添加物に接触してこれらに有害な影響を与えることにより人の健康を損なうおそれがある器具若しくは容器包装は、これを販売し、販売の用に供するために製造し、若しくは輸入し、又は営業上使用してはならない。

「いやいや、有害だと知って使う人なんていないでしょう!」
「具体的にそれが何なのかしりたい。」

実は、僕がこの課題に取り組み始めた2018年当時の食品衛生法は、いわゆるネガティブ方式でした。

ネガティブ方式とは
「やってはいけないこと(=使ってはいけない材料)」だけを明確に定め、それ以外はすべて自由に行えるという考え方です。
で、何がその「やってはいけないこと(=使ってはいけない材料)」なのかと言いますと、それが前述の第16条の条文。

ちなみに、欧米の諸外国はポジティブ方式、つまり、「やって良いこと(=使って良い物)」だけを具体的に列挙し、それ以外はすべて禁止する規制の方法です。

一見、ポジティブ方式の方が厳しく、「やってはいけないこと」だけを決めているネガティブ方式の方が親切に思えますね。

でも、現実は逆です。なぜなら、第16条の条文を見てください。「人の健康を損なうおそれがある器具若しくは容器包装は、、、、使用してはならない。」となっているので、明確な基準がなく、新たに誕生した物質など、未知の要素があれば使うことは出来ない・・・と言う事になってしまうからです。

実際、当時、接着剤メーカーのホームページなどで調べますと、表立った広告には「安心・安全」を謳っていても、使用上の注意書きでは「食器には用いないでください。」と記している製品がほとんどでした。

漆やニカワの様な天然成分でしたら、長い歴史の中で使われてきた実績がありますが、化学的に作られた合成物質を素材にする接着剤は未知の要素があり、それを開発したメーカーでさえ、食品衛生法第三章第16条の前では逃げ腰になるのは当然の成り行きですよね。
*逆に(強気に)「適合」を謳うメーカーもあります。

結局何が良くてダメなのか、分からないままに、僕の新たな木製食器作りのチャレンジは頓挫してしまいました。
もしかしたら、<指物タイプの木製食器>が少ない実態もこうした背景があるのかもしれません。

我が国がネガティブ方式を採用した背景に、戦後の復興期にポジティブ方式を運用していくだけの余力が国にも企業にもなかったから、、、とも言われますが、
個人的には、誰も責任を取らないこの曖昧な姿勢が、(復興期ならともかく)「失われた30年」の産業の停滞を招いたのではないかと思ってしまいます。

・・・などと愚痴っていたら、実は、ちょうどその頃、国は、器具・容器包装のポジティブリスト制度導入に向けた検討を開始し始めていたのです。

そして、2020年。ついに、食品衛生法に新たな条文が追加され、合成樹脂において、安全性が評価された物質のみを使用可能とするポジティブリスト制度が導入されたのです。

では、現在(2023年)「食品衛生法適合」を謳う接着剤ならば安心か、と言えば、実はそうとも言えません。

なぜなら、2020年、ポジティブリスト化されたとは言え、現在(2023年)は移行期にあり、施行後の5年間、つまり2025年5月31日まで、2020年5月以前に存在していた物は適合と認められるのです。

↑出典:厚生労働省ホームページ (https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000635338.pdf)

なので、現在販売されている接着剤が、2020年に追加された条文、18条の3でポジティブリスト化された物質に適合した物なのか、
それとも、5年間の猶予期間として認められるとする自称「食品衛生法適合」なのかは見極め必要があります。

これよりは、便宜上、2020年に加えられた条文をふくめて、「改正食品衛生法」とさせていただきますが、

その改正食品衛生法では、ポジティブリスト化と共に、下記の様な項目も加えられました。

食品衛生法第50条の4(第53条:令和3年6月1日以降の条番号)
第十八条第三項に規定する政令で定める材質の原材料が使用された器具又は容器包装を販売し、又は販売の用に供するために製造し、若しくは輸入する者は、厚生労働省令で定めるところにより、その取り扱う器具又は容器包装の販売の相手方に対し、当該取り扱う器具又は容器包装が次の各号のいずれかに該当する旨を説明しなければならない。
一第十八条第三項に規定する政令で定める材質の原材料について、同条第一項の規定により定められた規格に適合しているもののみを使用した器具又は容器包装であること。
二第十八条第三項ただし書に規定する加工がされている器具又は容器包装であること。
②器具又は容器包装の原材料であつて、第十八条第三項に規定する政令で定める材質のものを販売し、又は販売の用に供するために製造し、若しくは輸入する者は、当該原材料を使用して器具又は容器包装を製造する者から、当該原材料が同条第一項の規定により定められた規格に適合しているものである旨の確認を求められた場合には、厚生労働省令で定めるところにより、必要な説明をするよう努めなければならない。

厚生労働省ホームページより転載

↑ 出典:厚生労働省ホームページ (https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000635338.pdf)

つまり、消費者に対して容器製造者は「適合の根拠」を示す義務を負うと共に、材料(接着剤)の製造者は容器製造者に対して、同様に「適合の根拠」を示すあるいは情報の開示義務があります。

接着剤メーカーにとっては、実際の成分(添加物等も含めた)を開示する事は事実(戦略)上無理なので、外部機関の試験を経て改正食品衛生法適合である事をSDS(安全データシート)などに盛り込む事になるのかと思われますが、、、

はたしてどうなる事でしょうか。

僕の様に差物タイプ(接着剤の使用を前提とする)の木製食器を作る製造者は多くはありません。接着剤メーカーからしたら、そこまで労力をかけて、そのニーズに応える必要があるのか?

と言った判断もありうるでしょう。

いずれにしましても、2020〜2025年まではポジティブリストへの移行期間であり、2020年以前から存在していて、健康被害の報告が無い物については認められている状況なので

現状、自称「食品衛生法適合」唄う商品よりも、2020年以前から販売されていて、FDA(アメリカ食品医薬品局)など他国であっても安全性が認められている物の方が、より安全性が高いと考えられるのではないでしょうか?

この記事の前回記事はこちら↓

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